2007年11月17日

2007.01.21 著者が言いたいこと

異文化交流議論

幸福なフォーラム

僕は文章を書く時、できるだけ抽象的な言葉を使いたくない、と思っている。なぜなら読む人によって感じ方が大きく異なる抽象的な言葉は誤解を生むことが多いと思っていたから。でも。そうじゃないかもな。

具体的に言え


相手の思考方法まで考えにいれないと著者の意図を理解することは大変なのだ。しかし、相手の思考方法を理解するなんて簡単ではないし、少なくとも一つの文章からは理解できるわけがない。何より理解するだけの気概が必要である。

オレはシャイダン

文章から何を読み取るのか。人が文章を読んで初めに思うことは
「自分は気に入られている。」
或いは
「自分は嫌われている。」
このどちらかなんじゃないか。でも、その気持ちは
瞬く間に脳内知識が付加され、加工され、名付けられ、
フィルターをかけられ、「感想」や「意見」として言葉
に出てくる。

加工の手法として

ジャンルは何か?
著者の意図は?
気に入った人物は?
客観的に見てどうか?
優しくする
厳しくする
などいろいろある。

初めに「嫌われている」と判断した時、文章の読み取りミスの可能性を考え、もう一度読み返す、或いはわからない点を調べる。人によっては「嫌われている」の判断で使えない加工手法が増えるのだろう。僕は「加工しない」という選択をよくするが。

著者の意図が何であれ、
「行間を読め。」
このようなアドバイスをする人間は無責任である。
行間に著者の意図などあるわけがない。あったとし
たらそれは著者の怠慢である。


「文章を大切にしろ。」
はつまり
「自分を大切にしろ。」
というメッセージなのだ。

表現を生業としていない僕が著作権を主張することは
おこがましいのかもしれん。
ただ、「自分を大切にしろ」と言うのは自然なことだ。



やや。あまりにも当たり前のことを書いたかもしれん。





Comment


chargeup
リンクしていただいた文章がどう受け取られているのかドキドキです。
このみつくるさんの記事は、トンコさんのブログで起こったことともリンクしますね。私がそう感じたというだけですが。
2007/01/21 Sun 13:05

みつくる
トンコさんのブログにリンクします?
僕はわたりとりさんのブログに対応してるように見えるかなぁ〜と思っていたのですが。

そうですよね。なんじゃこりゃー??って言われたら恐いです(笑)
2007/01/21 Sun 14:22


うみかぜ
 文章を読んだ瞬間に、「自分は好まれているか否か」を判断するのは、多くの場合、「行間を読んでいる」のではないかと思います。即ち、文体、使用されている単語、それまでの相手との関係を、ほぼ同時に処理して判断しているのではないかと。
 その後、より丁寧に読み返すことは、この「行間」による判断を排除することに使われている。と、このように私は思います。

 これは私が文章を読む際の行動パターンですが、他の方はどうなんでしょうね。
2007/01/21 Sun 18:30


みつくる
うみかぜさん

>私が文章を読む際の行動パターン
あちゃ。文章の読み方も違うことに
思い至りませんでした。
他の方がどう読んでるか確かに気になります。
2007/01/21 Sun 20:05


みつくる
僕の分析は変な思想が混じっちゃってますね(笑)
2007/01/21 Sun 21:58


わたりとり
記事タイトル「著者が言いたいこと」だし、みつくるさんの言いたいことを読み取ろうとしてたら迷子になりました。ということで、思いついたことをずらずらと書いてもいいっスか?(すんません)

文章をパッと見て、著者の感情というか、文章を書こうとした動機を掴もうとするクセが私にはあります〜。無用に深読みしすぎることもあります^^;
「動機」は文章に明快に書かれていることもあるし、行間に潜んでいる(全体の構成・言葉の選びかたなどから浮かんでくる)こともある。文章と行間が違う顔を持っている文章もありますね。ねじれている、というか。意識的にそう書いてるな、という文章もあるしね。

私は自分の楽しみで行間を読むけど、読み手に「行間を読め」とは言わないです。それは、みつくるさんが仰るように、著者の怠慢だと思う(←ダブルスタンダードだ!(笑)

「オレはシャイダン」は、特定個人のブログ歴史ををモデルケースとしたけれども、もっと広く一般化して「現象を風刺したい」と思って書きました。みつくるさんが前記事で「風刺」の解説を参照してくださったでしょ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E5%88%BA
>巧妙かつ反語的であり、無表情(デッドパン)な調子を多分に帯びる。
これで、ピンときたんです。反語的であり、無表情である表現には、読み手の立ち位置を問う力があるのだな、とね。

>「文章を大切にしろ。」
>はつまり
>「自分を大切にしろ。」
>というメッセージなのだ。

うん。私もそう思う。
だから、「文章を大切に」と掲げながら自分や他人を傷つけてはばからない行動に出たときが、【魚のアタマ】化した瞬間なのだと思います。
2007/01/21 Sun 22:54


みつくる
>読み手の立ち位置を問う力があるのだな、とね。

すごい!!そんなタネがあったなんて。
そこまで考えてなかったです。かっこいいなぁ。シャイダンの文章は見事に成功しましたね!!!

今回は随筆調で文章を書いているので割と怠慢な著者になりました。(笑)

目的は冒頭に書いた「異文化交流議論」の一環のつもりだったのですが、みなさんそうとは捉えなかったみたいです。ちゃあじこさんが中間報告に入れていないので不思議だなと思ってました。

僕が言いたかったことは
>「文章を大切にしろ。」
>はつまり
>「自分を大切にしろ。」
>というメッセージなのだ。
ここなんです。

2007/01/21 Sun 23:39


chargeup
はっ、全然そう思いませんでした。失礼しました。
なぜだろう。ちゃんと異文化交流議論の文字入っているし、関係記事が複数リンクされているのに。
トンコさんの記事につなげたのがいけなかったか。
2007/01/22 Mon 18:55


みつくる
ちゃあじこさん
あ、ありがとうございます(笑)
>なぜだろう。
きっとこの問いに対する答えが議論の進む方向を示すのです。(←えらそうに)
2007/01/22 Mon 19:22


トンコ
わたりとりさんの「シャイダン」は、おそらくわたしのOYAJIさん批判の記事も念頭に置いていると思っているので、ちゃあじ子さんと同じように感じました。主に集団間の接触を意識した異文化交流議論は、刺激的であるけどやや外在的な話題です。これから、自己を切開する痛みを伴った議論に展開する予感が(ちょびっと)します。各自の「魚のアタマ」の正体を探るのは、うーん。。。怖いかな??
2007/01/22 Mon 21:26


みつくる
トンコさん
あ、いらっしゃった。ども。

>主に集団間の接触を意識した異文化交流議論は、刺激的であるけどやや外在的な話題です。
実は僕が異文化交流議論として書くときは集団間ではなく個と個の関係で捉えています。
うみかぜさんのネット住民分類学での分類も個として考えています。僕の頭では集団のグラディエントを考慮できないので(笑)

>自己を切開する痛みを伴った議論に展開する予感が(ちょびっと)します。

できれば僕もそっちには行きたくないです〜。僕の魚のアタマはなんやろ?もしかしたらすでに見当をつけられているかもしれん(笑)
2007/01/22 Mon 22:03
posted by 海風 at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 異文化byみつくる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007.01.11 優しさとなれあい

わたりとりさん-異文化交流分科会-【魚のアタマ】考(1)

優しさは形がない


自分の記事にリンクすることもあまりない僕です。

いやあのーこの記事の関連でちょっと思ったことが。
てかわからなくなってきた。

受け手がありがたくなくてもありがとうと言うのは優しさだと

送信側がよかれと思ってやったことだけど、
受信側はありがた迷惑だなーと思っている場合に。
受信側が迷惑だというそぶりを見せず、喜んで礼を言う。
受信側が喜んでるのを見た送信側はとてもご満悦。
受信側の行為は優しさなんでしょうか。
あれれ?受け手が送り手だー!!

優しさカウンターだ!!

勝手に驚いてるわけです。

いや、でもこれってなれあいとか社交辞令じゃねーの??
と思うわけですよ。
いやいやこりゃあれですよ。解析解が出しにくい例なんですよ。(←解析解ってなんやねん)
この場合、ホンマに受信側は嫌な奴ですよ。いやほんとに嫌な奴ですか?

受け手はこの一定時間だけ、送り手の要求がよくわかっちゃ
います。喜んでほしいわけです。だから受け手は喜んでみせる。
普通、それほどありがたくなければ、喜んでみせたりしないはず。
では、なんで受け手は喜んでみせるのか。

受け手とか送り手とかめんどうやから受け手=Aさん、送り手=Bさん、にするわ。

このような状況は必ず条件があるわ。
「AさんがBさんに何かしら目論んでいる場合」にしか
当てはまらないはず。目論みの中身は例えば、

Aさんがそうすことは仕事だったりとかー
AさんはBさんと衝突したくなかったりとかー

あ、二つしか思いつかない。

つまりAさんとBさんが対等ではない場合に起こりうる。

むむ。なにか見えそうで見えない。続きを書くかも。




Comment


chargeup
えー、私ありがたくないと言いませんよ。
「それ要りません。でもありがとう」
なら言うかな。本当に嫌だったらそれも言わない。
ブログのコメント欄では私もさすがに気づかうようになりましたが、
気づかうということは気づかうだけのメリットがあるからです。それが目論みか。
2007/01/11 Thu 22:04


みつくる
そうか。「ありがとう」は行為に対してと、気持ちに対してと二種類がありますね。

これは理性と感情の違い?んん?んん?

「対等でない場合に起こりうる」
ちょっと言い過ぎました。
「衝突したくない(気づかい)」が対等な場合はありました。衝突すると自分も大きな被害を受ける場合です。歯車がかみ合わないのに無理した感じ?

2007/01/11 Thu 22:19


みつくる
目論みとかわざと言葉を悪くしてみちゃいました(笑)
なんか例えが非現実的ですね。
2007/01/11 Thu 22:36


chargeup
仕方ない、第3者の歯車登場を待つか。(誰?)
2007/01/11 Thu 22:55


みつくる
待ちましょう。
2007/01/12 Fri 03:11


きーさん
第三の歯車が登場すると良いですね^^

私的見解を、最後に書いてあります。
波長03の記事です。
http://blogs.yahoo.co.jp/mauijimtojps/26846165.html
2007/01/12 Fri 12:58


みつくる
ども。見に行きます。
2007/01/12 Fri 19:29


わたりとり
>優しさカウンター。
>「ありがとう」は行為に対してと、気持ちに対してと二種類
>AさんがBさんに何かしら目論んでいる場合

・・・そして、きーさんの記事・・・

なんか、でっかいネタの気配がするのですが、アタマがまとまらない・・・(汗)
2007/01/13 Sat 16:23


みつくる
きーさんの記事を読んで、
ナイジェルさんのまとめ記事を読みながら考えています。
「あなた」と「わたし」の間にかなり何かありそうです。
2007/01/13 Sat 23:15

posted by 海風 at 21:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 異文化byみつくる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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