2007年11月17日

2007.01.21 著者が言いたいこと

異文化交流議論

幸福なフォーラム

僕は文章を書く時、できるだけ抽象的な言葉を使いたくない、と思っている。なぜなら読む人によって感じ方が大きく異なる抽象的な言葉は誤解を生むことが多いと思っていたから。でも。そうじゃないかもな。

具体的に言え


相手の思考方法まで考えにいれないと著者の意図を理解することは大変なのだ。しかし、相手の思考方法を理解するなんて簡単ではないし、少なくとも一つの文章からは理解できるわけがない。何より理解するだけの気概が必要である。

オレはシャイダン

文章から何を読み取るのか。人が文章を読んで初めに思うことは
「自分は気に入られている。」
或いは
「自分は嫌われている。」
このどちらかなんじゃないか。でも、その気持ちは
瞬く間に脳内知識が付加され、加工され、名付けられ、
フィルターをかけられ、「感想」や「意見」として言葉
に出てくる。

加工の手法として

ジャンルは何か?
著者の意図は?
気に入った人物は?
客観的に見てどうか?
優しくする
厳しくする
などいろいろある。

初めに「嫌われている」と判断した時、文章の読み取りミスの可能性を考え、もう一度読み返す、或いはわからない点を調べる。人によっては「嫌われている」の判断で使えない加工手法が増えるのだろう。僕は「加工しない」という選択をよくするが。

著者の意図が何であれ、
「行間を読め。」
このようなアドバイスをする人間は無責任である。
行間に著者の意図などあるわけがない。あったとし
たらそれは著者の怠慢である。


「文章を大切にしろ。」
はつまり
「自分を大切にしろ。」
というメッセージなのだ。

表現を生業としていない僕が著作権を主張することは
おこがましいのかもしれん。
ただ、「自分を大切にしろ」と言うのは自然なことだ。



やや。あまりにも当たり前のことを書いたかもしれん。





Comment


chargeup
リンクしていただいた文章がどう受け取られているのかドキドキです。
このみつくるさんの記事は、トンコさんのブログで起こったことともリンクしますね。私がそう感じたというだけですが。
2007/01/21 Sun 13:05

みつくる
トンコさんのブログにリンクします?
僕はわたりとりさんのブログに対応してるように見えるかなぁ〜と思っていたのですが。

そうですよね。なんじゃこりゃー??って言われたら恐いです(笑)
2007/01/21 Sun 14:22


うみかぜ
 文章を読んだ瞬間に、「自分は好まれているか否か」を判断するのは、多くの場合、「行間を読んでいる」のではないかと思います。即ち、文体、使用されている単語、それまでの相手との関係を、ほぼ同時に処理して判断しているのではないかと。
 その後、より丁寧に読み返すことは、この「行間」による判断を排除することに使われている。と、このように私は思います。

 これは私が文章を読む際の行動パターンですが、他の方はどうなんでしょうね。
2007/01/21 Sun 18:30


みつくる
うみかぜさん

>私が文章を読む際の行動パターン
あちゃ。文章の読み方も違うことに
思い至りませんでした。
他の方がどう読んでるか確かに気になります。
2007/01/21 Sun 20:05


みつくる
僕の分析は変な思想が混じっちゃってますね(笑)
2007/01/21 Sun 21:58


わたりとり
記事タイトル「著者が言いたいこと」だし、みつくるさんの言いたいことを読み取ろうとしてたら迷子になりました。ということで、思いついたことをずらずらと書いてもいいっスか?(すんません)

文章をパッと見て、著者の感情というか、文章を書こうとした動機を掴もうとするクセが私にはあります〜。無用に深読みしすぎることもあります^^;
「動機」は文章に明快に書かれていることもあるし、行間に潜んでいる(全体の構成・言葉の選びかたなどから浮かんでくる)こともある。文章と行間が違う顔を持っている文章もありますね。ねじれている、というか。意識的にそう書いてるな、という文章もあるしね。

私は自分の楽しみで行間を読むけど、読み手に「行間を読め」とは言わないです。それは、みつくるさんが仰るように、著者の怠慢だと思う(←ダブルスタンダードだ!(笑)

「オレはシャイダン」は、特定個人のブログ歴史ををモデルケースとしたけれども、もっと広く一般化して「現象を風刺したい」と思って書きました。みつくるさんが前記事で「風刺」の解説を参照してくださったでしょ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E5%88%BA
>巧妙かつ反語的であり、無表情(デッドパン)な調子を多分に帯びる。
これで、ピンときたんです。反語的であり、無表情である表現には、読み手の立ち位置を問う力があるのだな、とね。

>「文章を大切にしろ。」
>はつまり
>「自分を大切にしろ。」
>というメッセージなのだ。

うん。私もそう思う。
だから、「文章を大切に」と掲げながら自分や他人を傷つけてはばからない行動に出たときが、【魚のアタマ】化した瞬間なのだと思います。
2007/01/21 Sun 22:54


みつくる
>読み手の立ち位置を問う力があるのだな、とね。

すごい!!そんなタネがあったなんて。
そこまで考えてなかったです。かっこいいなぁ。シャイダンの文章は見事に成功しましたね!!!

今回は随筆調で文章を書いているので割と怠慢な著者になりました。(笑)

目的は冒頭に書いた「異文化交流議論」の一環のつもりだったのですが、みなさんそうとは捉えなかったみたいです。ちゃあじこさんが中間報告に入れていないので不思議だなと思ってました。

僕が言いたかったことは
>「文章を大切にしろ。」
>はつまり
>「自分を大切にしろ。」
>というメッセージなのだ。
ここなんです。

2007/01/21 Sun 23:39


chargeup
はっ、全然そう思いませんでした。失礼しました。
なぜだろう。ちゃんと異文化交流議論の文字入っているし、関係記事が複数リンクされているのに。
トンコさんの記事につなげたのがいけなかったか。
2007/01/22 Mon 18:55


みつくる
ちゃあじこさん
あ、ありがとうございます(笑)
>なぜだろう。
きっとこの問いに対する答えが議論の進む方向を示すのです。(←えらそうに)
2007/01/22 Mon 19:22


トンコ
わたりとりさんの「シャイダン」は、おそらくわたしのOYAJIさん批判の記事も念頭に置いていると思っているので、ちゃあじ子さんと同じように感じました。主に集団間の接触を意識した異文化交流議論は、刺激的であるけどやや外在的な話題です。これから、自己を切開する痛みを伴った議論に展開する予感が(ちょびっと)します。各自の「魚のアタマ」の正体を探るのは、うーん。。。怖いかな??
2007/01/22 Mon 21:26


みつくる
トンコさん
あ、いらっしゃった。ども。

>主に集団間の接触を意識した異文化交流議論は、刺激的であるけどやや外在的な話題です。
実は僕が異文化交流議論として書くときは集団間ではなく個と個の関係で捉えています。
うみかぜさんのネット住民分類学での分類も個として考えています。僕の頭では集団のグラディエントを考慮できないので(笑)

>自己を切開する痛みを伴った議論に展開する予感が(ちょびっと)します。

できれば僕もそっちには行きたくないです〜。僕の魚のアタマはなんやろ?もしかしたらすでに見当をつけられているかもしれん(笑)
2007/01/22 Mon 22:03
posted by 海風 at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 異文化byみつくる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007.01.11 優しさとなれあい

わたりとりさん-異文化交流分科会-【魚のアタマ】考(1)

優しさは形がない


自分の記事にリンクすることもあまりない僕です。

いやあのーこの記事の関連でちょっと思ったことが。
てかわからなくなってきた。

受け手がありがたくなくてもありがとうと言うのは優しさだと

送信側がよかれと思ってやったことだけど、
受信側はありがた迷惑だなーと思っている場合に。
受信側が迷惑だというそぶりを見せず、喜んで礼を言う。
受信側が喜んでるのを見た送信側はとてもご満悦。
受信側の行為は優しさなんでしょうか。
あれれ?受け手が送り手だー!!

優しさカウンターだ!!

勝手に驚いてるわけです。

いや、でもこれってなれあいとか社交辞令じゃねーの??
と思うわけですよ。
いやいやこりゃあれですよ。解析解が出しにくい例なんですよ。(←解析解ってなんやねん)
この場合、ホンマに受信側は嫌な奴ですよ。いやほんとに嫌な奴ですか?

受け手はこの一定時間だけ、送り手の要求がよくわかっちゃ
います。喜んでほしいわけです。だから受け手は喜んでみせる。
普通、それほどありがたくなければ、喜んでみせたりしないはず。
では、なんで受け手は喜んでみせるのか。

受け手とか送り手とかめんどうやから受け手=Aさん、送り手=Bさん、にするわ。

このような状況は必ず条件があるわ。
「AさんがBさんに何かしら目論んでいる場合」にしか
当てはまらないはず。目論みの中身は例えば、

Aさんがそうすことは仕事だったりとかー
AさんはBさんと衝突したくなかったりとかー

あ、二つしか思いつかない。

つまりAさんとBさんが対等ではない場合に起こりうる。

むむ。なにか見えそうで見えない。続きを書くかも。




Comment


chargeup
えー、私ありがたくないと言いませんよ。
「それ要りません。でもありがとう」
なら言うかな。本当に嫌だったらそれも言わない。
ブログのコメント欄では私もさすがに気づかうようになりましたが、
気づかうということは気づかうだけのメリットがあるからです。それが目論みか。
2007/01/11 Thu 22:04


みつくる
そうか。「ありがとう」は行為に対してと、気持ちに対してと二種類がありますね。

これは理性と感情の違い?んん?んん?

「対等でない場合に起こりうる」
ちょっと言い過ぎました。
「衝突したくない(気づかい)」が対等な場合はありました。衝突すると自分も大きな被害を受ける場合です。歯車がかみ合わないのに無理した感じ?

2007/01/11 Thu 22:19


みつくる
目論みとかわざと言葉を悪くしてみちゃいました(笑)
なんか例えが非現実的ですね。
2007/01/11 Thu 22:36


chargeup
仕方ない、第3者の歯車登場を待つか。(誰?)
2007/01/11 Thu 22:55


みつくる
待ちましょう。
2007/01/12 Fri 03:11


きーさん
第三の歯車が登場すると良いですね^^

私的見解を、最後に書いてあります。
波長03の記事です。
http://blogs.yahoo.co.jp/mauijimtojps/26846165.html
2007/01/12 Fri 12:58


みつくる
ども。見に行きます。
2007/01/12 Fri 19:29


わたりとり
>優しさカウンター。
>「ありがとう」は行為に対してと、気持ちに対してと二種類
>AさんがBさんに何かしら目論んでいる場合

・・・そして、きーさんの記事・・・

なんか、でっかいネタの気配がするのですが、アタマがまとまらない・・・(汗)
2007/01/13 Sat 16:23


みつくる
きーさんの記事を読んで、
ナイジェルさんのまとめ記事を読みながら考えています。
「あなた」と「わたし」の間にかなり何かありそうです。
2007/01/13 Sat 23:15

posted by 海風 at 21:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 異文化byみつくる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月28日

2007.01.03 論法とか方法論とか

よくわからなくなってきたので整理など。

演繹法
前提さえ正しければ、結果は必ず正しい。
争点になるのは前提条件が適切か否か。

何かと説得力があるように見える方法。
この方法はだましやすく、だまされやすい。

帰納法
「同じような状況」・「結果が同じ事例」を多くあげて法則化する
ことで次に出てくる同じような事象に対しても法則を適用させて結論を出す。

「歴史的に考えると〜」なんて言ってるのは帰納法に入る。
結論を出すと言っても「その結論になる確率が高いよ〜」と言っているにすぎない。結論に納得いかない場合は全く相手に伝わらない。魚のあたまになりやすい。

演繹・帰納がわかりやすい??サイト

認識論-wikipedia

ちょっと抜粋
人はどのようにして物事を正しく知ることができるのか。
人はどのようにして物事について誤った考え方を抱くのか。
ある考え方が正しいかどうかを確かめる方法があるか。
人間にとって不可知の領域はあるか。あるとしたら、どのような形で存在するのか。


正しくってなんやと突っ込みたいのをぐっとこらえて。
サイト下方には〜主義っていっぱいあるけど、僕は整合説内在主義文脈主義です。

背理法
「ある論の逆を仮定すると矛盾するよ〜」と言えば、元の論が正しいことを証明できるよ。という便利な論法。
前提として逆(否定)の論理がきっちり対応できていることが必要です。

ちょっと難しいですね。例えが思い浮かばない。


反証可能性・反証主義
理解されにくい論ですね。すんごい説明が多い。
ついてはいけるけど説明はできない。ピックアップしたいとこはちと抜粋。

(3)「反証主義は内心の自由や信仰の自由を制限しようとしている」
このような見解は、時として、反証主義を唱える側にも見られる。
本来なら、反証主義は仮説の科学性および信頼性を判定するだけであり、非科学的仮説や信頼性に乏しい仮説を糾弾・排除する機能を持たない。本来なら、反証主義は相手方が信じている仮説の信頼性を問題にするのであり、相手方が何を信じるべきかを問題にするのではない。
(注)もっとも、本来ならばそうあるべきにもかかわらず、反証主義を運用する「人間」の人格に問題があり、感情的であったり、他者への思いやりを欠いていたりすることで、結果として反証主義をふりかざして他者の自由な態度決定を妨害する例は多々見られる。これは単に科学や言葉の問題では済まず、人権問題と関わることとなる。


宗教と科学の話を考えにいれないと難しそう。
パラドックスもたくさんありそうですわ。




Comment


chargeup

あけましておめでとうございます。
難しそう。名前は知っているけど使いこなせそうにないような。
でも議論するなら知っておかないとです。
2007/01/04 Thu 22:52 URL


みつくる

あども。あけましておめでとうございます。
難しいですよね。読んでるだけでつかれちまいます。
2007/01/05 Fri 14:45 URL


わたりとり

あっ、記事が更新されてる(すんません、今RSS登録しました。これでもう大丈夫)

演繹は危険ですね〜あきらかに前提が間違ったまま突っ走っている記事を見ると温厚な私でも突っ込みたくなります。
「反証可能性・反証主義」の項、おもしろいです。記事のネタになりそう(異文化交流議論風に書けるかな・・・ちょっと時間かかりそうです)。
2007/01/07 Sun 02:33 URL


みつくる

わたりとりさん
いえいえ〜。リンクも張らないし、マイペースなもんで(笑)

誤った反証主義者はきっと信仰や宗教についてよく知らないんじゃないかな〜、と考えてます。信仰は誰にでもあって何も宗教団体だけに限ったことではないのですが日本はアニミズムが強いせいか一見どこに信仰があるかわからない人が多いです。わからないというより隠してるのでしょうけど。
2007/01/07 Sun 11:52 URL


chargeup

わたりとりさん
さては私がトンコさんとこに書いたコメントを見て来ましたわね。

みつくるさん
ご紹介のサイトを一通り見たり、用語をググってみたりしましたが、色んな実例に触れて
「あ、演繹法で思考している」
「ここは帰納法で考えてみよう」
などと脳内で使ってしまうのが一番身につきそうです。それも「名付け」(一歩間違えば偏見?)になるのですが。
2007/01/07 Sun 17:21 URL


みつくる

chargeupさん

名付けですよねぇ。
僕はけっこう演繹法使ってます(笑)
自分の結論の出し方に偏りを感じる
今日この頃。
2007/01/07 Sun 19:31 URL
posted by 海風 at 14:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 異文化byみつくる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006.12.27 優しさは形がない。

優しさとボランティア

優しさの形骸化。
何事も形だけを重視すると形骸化を招きますね。
送信側が「相手に優しくした」と言いきるのは
やっぱ難しいみたい。受信側の要求がわかりや
すければ簡単かもしれませんが。
仕草だけしかないとちいと読みにくいねぇ。

以前書いていた日記を持ち出しました。
やり過ぎはいかんよというやつ。
ドッグウィルという映画でこういう主旨のことが述べられます。
是非ご覧になって。
「あなたって優しい人ね」
という言葉の裏に何があるか。

人殺しも被害者だ。
環境がそうさせる。
だから殺人者を許す。
というような考えは傲慢だ。
許してしまえば、義務を果たす機会を失わせる。


義務かぁ。

優しくすることと傲慢なことは紙一重みたいです。
バカと天才は紙一重みたいなものですか。

小学生の時、道徳の時間に車いすの人がトイレに行く話を読みました。
主人公の生徒が手伝ってあげようとするわけですが、車いすを押して
いた親に「同情で手伝ってもらいたくありません。」
と言うわけです。その時の僕の感想は、
「おいおい、じゃあどうすりゃいんじゃ。」
でした。優しくされるのも惨めだねぇと?

結局は受け手が優しいなぁと思えば優しさ
なのかと思っちゃうわけです。
Bさんが
(あー、Aさんが取り組んでいるaの件が進まないと自分も困るな)
と考えてAさんを助けたら
「ありがとう。」
「おまえのためじゃない。」
という会話がかっこつけじゃなく成立して、Aさんは勝手にBさんを優しいなぁと思うわけです。でも「aの件は一番のヤマだから手伝うよう」と周知されてた場合はBさんの行為は優しいどころか半ば義務。

ある一定数の人々が「この行為は優しい」と考えると制度化されそうです。バリアフリー整備で税金が使われても基本的に文句はないでしょうね。電車なんかで優先席があります。「優先席」なので基本的には誰がすわってもかまわないはずだけど普通の人が座ると冷たい視線を浴びるわけです。優先されるべき人が来たら変わってあげればいいだけなのに。規範化してるなぁと。

やっぱりまぁ、優しくするときは相手の情報をよく知ることが一番初めにやることなんですかねぇ。飢餓で死にそうな人達がいる国に勉強ができるようにと紙と鉛筆を送るのはボランティアではないんです。いらねーよ紙と鉛筆なんて。おまえが持ってきたその弁当をよこせやと言われるのがオチですね。

ここ三日ぐらい考えてましたがやっぱりまとめが苦手。
ちなみにバリアフリーに反対しているわけではありませんので。




Comment


chargeup

道徳の車いすの人の話は非常に難しいですね。先生はどういう方向に誘導したのでしょう。向こうが望んでいないのだから
「すみませんでした」
と引っこむのがいいのでしょうけれど、常にそういう場面では無視するのがいいとも限りませんし、日本だと最初は遠慮するのが礼儀というルールもあるのでさらに難しいです。
2006/12/27 Wed 22:48 URL


みつくる

確か結論はなかったと思います。
「みんなが感じた通りで正解はいっぱいある」とかどうとか。
いつもながらのまとめ方です。

>日本だと最初は遠慮するのが
外国の方には難しいルールらしいですね。
「二回ぐらい断るからかまわず渡して。」と教えると三回断ったら渡さなくてもよいと解釈してタクシー代金を払わなかった、
なんてエピソードがあるそうです(笑)
僕も難しいと感じます。
2006/12/27 Wed 23:44 URL


わたりとり

こんにちは。
優しさの形骸化、確かにありますね。
・・・けれど、形骸化していたとしても、その「カタチ」が何かの最後の一線を守っているかもしれない、その「最後の一線」で救われている人も、もしかしたらいるのかもしれない。・・・なんてふうにも考えたり。

受け手が満足したものこそが「優しさ」である、という考え方はよくわかる。私も基本スタンスはそっちなのです。
が、こうも思う。それって「受け手のウォンツ(欲求)・ニーズ(需要)を満たさなければ価値は無い」という考え方なのですが、この思想はCS(顧客満足)の基本原理なのです。
企業は対価を得て商品やサービスを提供しているから、「受け手の満足」を前提にして当たり前だが、人の優しさの場合はどうなんだろう、と・・・なんか違うなぁ、同列のものではないよなぁ、とも思ってしまうのです・・・本当に、形がないものの良否を決めることは、難しいですね。

すみません、本職と絡めて熱く語ってしまいました^^;
トラックバックありがとうございます。それから今さらですが、みつくるさん、私の消えたい発言のとき、あたたかい言葉をかけてくださって、ありがとうございます。
2006/12/28 Thu 16:27 URL


みつくる

本職。。。。。
営業かマーケティングでしょうか??^^;
いえ余計な詮索はよします(笑)

>私の消えたい発言のとき
あ、いえいえどういたしまして。

異文化交流の話がちょっとみないうちに進んでる進んでる。今から見にいきます。
2007/01/02 Tue 00:01 URL


きーさん

明けましておめでとうございます^^
と、年明け前の記事にコメント書くのも微妙な気分です。

私は人に優しいと言われることが多いです。
そんな時の多くは、自己犠牲を伴ったりします。
時間であったり、物であったりします。
そんな中で、私の何気ない一言で元気付けられたと言ってくれる人もいます。
どちらも優しくしてあげようと思って行動すると、迷惑に思われることがあります。
優しさを言葉に出したり、態度で出してしまえばエゴだと感じられるのかもしれません。
2007/01/10 Wed 08:18 URL


みつくる

あけましておめでとうございます。

「自己犠牲を伴っている」ことを前提に
すると受け手がありがたくなくてもありがとうと言うのは優しさだと。昨日ぐらいに気づきました(笑)優しさって難しい。
2007/01/10 Wed 19:02 URL
posted by 海風 at 13:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 異文化byみつくる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月26日

2006.12.14 異文化まとめ図入り

まとめましたわ。
うみかぜさん
きーさん
の考察をみて少し考えました。
mitsu1.gif
図1

式はうみかぜさんとほぼ同じノーマライズしました。

縦軸の定義が少しちゃうかな。
+積極的に意志疎通したい。
−あんまり意志疎通したくない。

<感情+&理性+>
相性良くない?と言われる
<感情+&理性0>
気持ちはわかるが実際には不可能
<感情+&理性−>
泣いて馬謖を斬る
<感情0&理性+>
できることはできるけどおれはパス
<感情−&理性+>
ライバル
<感情−&理性−>
相性悪いね。

mitsu2.gif

図2 異文化理解と関係性
青い線は図1の縦軸が影響する。
図の波はy=3sin(2x)
式は特に意味なし。でもなんとなくこの曲線具合をうまく
きめたい気もする。
<文化理解度>
文化の知識を得れば得るほどいろいろな価値観の相違を実感。
故に協調しやすくor攻撃しやすくなっていく。
<価値観の線>
知りすぎてしんどくなるかどうかの境目。うまくまとまっってません。

縦軸は関係性の定義。これもまだなにかねまとまってない。
軽蔑ってなんか違うけど言葉が浮かばない。

あー疲れた。





Comment


うみかぜ

感情と理性の組み合せの解説が分かりやすくていいですね。
文化理解度の線は時間軸と見なすこともできるし。
何よりsin関数ということで、時々出てくるループ説と関連がありそうです。
2006/12/14 Thu 19:19 URL



みつくる

どもども。うみかぜさんにそう言っていただけるとうれしいです。
図1も見よう見まねで作ってみました。人格タイプ別に式を定義できるとおもしろいかなと。
sin関数は悩み中です。波でいいのかところにひっかかっています。あと三角関数だと波形が限定されるのでどうしようかと。
いかん。式の話ばっかりや(笑)
2006/12/14 Thu 19:57 URL



みつくる
>あと三角関数だと波形が限定されるのでどうしようかと。

全然そんなことないですね。
自分につっこみ。そっかそっか。xsin(zy)とかにするともんだいなくカーブはえがけますね。
2006/12/14 Thu 20:17 URL



chargeup

知りすぎ線というのが深いです。
2006/12/14 Thu 21:53 URL



みつくる

きーさんがおっしゃってた「触れられるといやなこと」等の話から思いつきました。
むふふ。
2006/12/14 Thu 23:00 URL



きーさん

協調域・攻撃域の境界線ですが、直線というイメージが僕にはありませんね
横向きの二次曲線的な微妙な曲線・・・ん〜難しい^^;
URLに新記事のアドレス入れておきました^^
2006/12/16 Sat 09:46 URL



きーさん

なんか、入れ間違えたようです。
済みません・・・^^;
2006/12/16 Sat 09:48 URL



みつくる

直線のイメージ、実は僕もないです(笑)
二次曲線ですかー。なんとなくこれも考え方によるなーと思ったりします。
2006/12/17 Sun 13:16 URL


posted by 海風 at 11:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 異文化byみつくる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月25日

2006.12.08 関係

遊んでみる。頭の体操

ゼロ地点 ちゃあじ子さん
異文化接触のn段階 海風さん

言葉をお借りします。

異文化接触の3段階
  第1段階 : 驚き、感動、恐怖、怒り・・・
          ↓    ↓    ↓
  第2段階 : 無視 ⇔ 交流 ⇔ 敵対 ⇔ 無視
          ↓↑   ↓↑    ↓↑
  第3段階 : 無関心、調和、戦い


↓↑は知識・経験の量

第1段階は感情。生理的。
「えぇ〜?!何これ変じゃない?」
「うおおお!!すんげーこれ!」

第2段階は若干感情が整理され理性が絡む。
理性が感情に作用し不安を生み、

敵対することにストップをかける場合
交流することにストップをかける場合
交流も敵対もしない=無視
敵対することを促進する場合
交流することを促進する場合
(このへんはわたりどりさんの内容)

第3段階は整理が難しいですね。
調和→融合→一つの文化が形成される。
戦い→排除→一つの文化に。(リアル世界なら一大事)
無関心→変化なし→忘却することで第4段階へ入る。

第4段階
静寂=異文化を認知していない状態


んでパラメータ
感情=?
理性=利害・制度・規範

自分なりに整理。嗚呼理系。





Comment


chargeup

おお、こちらだったのですね。
融合も排除も1つの文化になることには変わりない、ということですか。
感情は「好き嫌い」ということになるのかな、とちょっと考えました。
2006/12/08 Fri 23:00 URL



きーさん

第三段階に協調・協力で異文化としての共存なんてのも考えられるんじゃないかと。
ん、何か先が少し広がった気がします。
ついでに、僕は根っからの理系^^;
文系の才能も持ちたかった・・・。。。
2006/12/08 Fri 23:20 URL



みつくる

chargeupさん
好き嫌いかもしれないですね。
自分の言葉でまとめようとすると
やっぱり大変です。

きーさん
そう言われれば共存もありますね。
理系の大学に行ったのに教養科目のほうが
成績がよかったというオチです(笑)
2006/12/09 Sat 20:39 URL



海風

あ、なんかシンプルに整理されてる。
読んで思いました。第3段階で異文化を取り込んでしまえば、異文化を異文化として認知しなくなるので、これも第4段階と言えるのではないでしょうか。

> パラメータ
第2段階における感情をベクトルの向き、理性をベクトルの大きさとしたらいかがでしょう。
そして進んだ先が、第3段階の分岐先。
(とはいえ、理性によって方向を決めるということもあるから、単純に切り分け出来ないですね・・・)
2006/12/10 Sun 00:02 URL



みつくる

海風さん
ども。
あ、確かに第4段階ですね。集合がおおきくなって。

感情が方向を決める。なーる。
そうですね。感情が始まりでないときも
ありますね。条件を満たすと理性が方向付けする時があると。ふーむ。
2006/12/10 Sun 00:35 URL



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他者との4つの位置関係
posted by 海風 at 16:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 異文化byみつくる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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